語らなければ。
と前回のポストでもったいぶって書いておきながら、本当に久しくご無沙汰しておりました。更新を待っていたという奇特な方がもしもいてくれたとしたら、ごめんなさい。
言い訳その1. 3月頭のお引越し以降昨日まで我が家にネットがつながっていなかった
言い訳その2. またベトナムに行ってきちゃった、えへ
言い訳その3. オンラインで語っていないだけで、オフラインで会ったいろんな人たちにはそれなりに語っていた(無理矢理にでも言語化しようと足掻いた結果、多少はカオスが秩序化された気がする。詳細は後述)
そんなこんなでばたばたしているうちに、日本社会への復帰はほぼ果たせた気でいます。
日本人らしく、お金は服のポケットじゃなくお財布から取り出すし、バッグを不用意に後ろに持つし、馬鹿みたいに高いお金払ってタイ料理食べるし。
残された課題は、道を渡る時に信号を見ることと、携帯をマナーモードに設定することと、お酒を自分で注がないことと、体色をもう5トーンぐらい落とすこと、ぐらいだろうか。
でもだんだん、帰国直後は人目も憚らず何でもできていたのが――もっと正確に言えば、「人目」というものの存在そのものを認識していなかったのが――、最近は周囲の痛い視線の存在を感じるようになってやりづらくなってきました。空気、読んでます。空気、なんてね。笑っちゃうよね。
半分ぐらいはあえてそうしてる面もあるんだけど、あまりしっかりこの1年を振り返る時間がなくて、既に記憶が風化したり加工されつつあります。要するに、旅の1年を「この1年」ではなく「あの1年」と捉えるようになってきています。まずはとにかく社会復帰、と頑張ってきた成果――とは言い過ぎかもしれないから、結果、です。
さて。
語らなければ。
でしたね。
でも難しいんだよね、こう自分でストーリーを立てて説明していくのって。人との会話の文脈の中で思いついたことを経験に依拠して言う方が500倍くらい楽だ。
だいたい人に言われること、聞かれることは決まっています。
1. 焼けたね~
2. どこがよかった?
3. アフリカどうだった?
4. 日本どう?
5. 自分変わったと思う?
6. 次って何年生だっけ...?
答えもだいたい決まっています。
1. これでもだいぶ白くなったんだよ
2. ヨルダンのペトラ、インドのバラナシ、ラオスのシーパンドン(順不同)
3. トーゴを大好きになって帰ってきたかったけどなれなかった
4. 帰る前から「日本は違うぞ、超すごいぞ」って思いすぎてて実際は意外と普通だった
5. 何でもありと思う時の「何でも」の範囲が広がったこと、あとお腹が強くなった気がする、お酒にも強くなった気がする
6. 次は3年生になります。4年生にはまだなれません。大学はうまく行けばあと2年、計6年で卒業です。うまく行かなければ、、あとは野となれ山となれ。
というのは冗談にしても、人から遅れてるという意味での焦りを感じることは高校留学の時点からなくなっていたけど、早く社会に出たいなあと思う気持ちが最近強い。
旅をしていて学生から社会人から本当にいろんな人に出会って、彼らと話をする中で思ったのは、「学生が何やっても、結局お遊びなんだな」ってこと。別に学生は甘えが許されるみたいなことは前から知っていて、それに乗っかってモラトリアム万歳とか言ってたわけだけど、今となっては、何ていうか――もうお遊びはいいかな、というか、社会の中で何かやるなら「学生」という逃げ場を作らないで、裸一貫の背水の陣でやらなきゃな、みたいな気持ちがある。
だから就活する気まんまんです、今のところ。でも、まだモラトリアムでいられる当面の2年間は、しっかり勉学に励みたいです。
あ~また支離滅裂というか、「で、結局なにが言いたいの?」的な文章になってしまった。
結局何が言いたいかというと、以下の二点です。
1. 受験雑誌「蛍雪時代」の、今発売されている号に載りました。帰国してからまだ大学に1回しか行ってないのに、ちょうどその日に生協で蛍雪時代の人につかまった。「東大ってこんなとこ」というお題でホワイトボード持って笑ってます。
2. 引っ越し先は古ぼけた木造アパートですが、昭和のレトロな風情があって日当たりもよく明るくてわりとゆったりしていて実はすごく気に入ってます。人がたくさん泊まりに来てもちゃんと寝れるようにセミダブルのベッドを買ったので、みなさんどうぞいらしてください。
Friday, March 20, 2009
帰国後1ヶ月と10日
Sunday, February 15, 2009
語らなければ。
語らなければ。
語れなくても。
とにかく何か声を発しなければ。
という思いだけが、大きな深い暗い井戸の中に取り残された人が自己の存在を誰かに知らせようと切実な叫び声を上げるように、わたしを引っ張っている。
この1年で、「~~しなくちゃ」という無意味な義務感や焦燥感を捨てて、自分の心の声に素直に従うことを身につけた、はず、だったのに。
でもね、そこに、わたしと周りの人たちとのつながりの証拠みたいなものがあるんだと思う。
もちろんこの10ヶ月は他の誰でもないわたし自身のためのいわば我儘で勝手で自己満足的な時間だったけど、それでもそんなわたしを応援してくれて支えてくれた数多くの人たちの存在があって、どこかで、わたしの旅はわたしだけの旅だったのではないと思っている。
その人たちとのつながりが、わたしに「語れ、書け」と急かしている。
説明責任。
カメラを失くしたときもそうだった。
「写真撮らなきゃ」というわけのわからない義務感から解放された自由への歓びの影に、ひとつだけ残った気がかり。
「みんなに見せられないのが残念だな、申し訳ないな」
もちろんこれは、完全に自分勝手な、思い込みの義務感にすぎないんだけど。
「誰もお前の話なんか聞きたくねーよ」って言われてしまえば、「やっぱそうですよね」と答えるしかないんだけど。
だけど、この義務感こそが、わたしに他者とのつながりを感じさせてくれる、わたしが属する社会があるってことを教えてくれる、実感としての証拠なんだと思う。
本当に自分だけのためだったら、この10ヶ月間の経験や思い出やそれを振り返った時に生まれてくる思いは、自分の心の中だけにそっと大切にしまっておけばいい。
だけど、それじゃいけない、気がする。
わたしにはつながってる人たちがいるから。
、、とここまで長い前振りを書いたところで、まだちゃんとまとまった考えができてないのが現状です。ごめん!
でもとりあえず写真だけはアップしました。今のところトーゴの分だけだけど、徐々に他のもアップしていく予定です。よかったら見てね。
語れなくても。
とにかく何か声を発しなければ。
という思いだけが、大きな深い暗い井戸の中に取り残された人が自己の存在を誰かに知らせようと切実な叫び声を上げるように、わたしを引っ張っている。
この1年で、「~~しなくちゃ」という無意味な義務感や焦燥感を捨てて、自分の心の声に素直に従うことを身につけた、はず、だったのに。
でもね、そこに、わたしと周りの人たちとのつながりの証拠みたいなものがあるんだと思う。
もちろんこの10ヶ月は他の誰でもないわたし自身のためのいわば我儘で勝手で自己満足的な時間だったけど、それでもそんなわたしを応援してくれて支えてくれた数多くの人たちの存在があって、どこかで、わたしの旅はわたしだけの旅だったのではないと思っている。
その人たちとのつながりが、わたしに「語れ、書け」と急かしている。
説明責任。
カメラを失くしたときもそうだった。
「写真撮らなきゃ」というわけのわからない義務感から解放された自由への歓びの影に、ひとつだけ残った気がかり。
「みんなに見せられないのが残念だな、申し訳ないな」
もちろんこれは、完全に自分勝手な、思い込みの義務感にすぎないんだけど。
「誰もお前の話なんか聞きたくねーよ」って言われてしまえば、「やっぱそうですよね」と答えるしかないんだけど。
だけど、この義務感こそが、わたしに他者とのつながりを感じさせてくれる、わたしが属する社会があるってことを教えてくれる、実感としての証拠なんだと思う。
本当に自分だけのためだったら、この10ヶ月間の経験や思い出やそれを振り返った時に生まれてくる思いは、自分の心の中だけにそっと大切にしまっておけばいい。
だけど、それじゃいけない、気がする。
わたしにはつながってる人たちがいるから。
、、とここまで長い前振りを書いたところで、まだちゃんとまとまった考えができてないのが現状です。ごめん!
でもとりあえず写真だけはアップしました。今のところトーゴの分だけだけど、徐々に他のもアップしていく予定です。よかったら見てね。
Friday, February 13, 2009
ただいま
遅くなってしまいましたが、2月10日をもって10ヶ月間の世界一周の旅を終え帰国しました。
冬の寒さの中の温かさが懐かしくて愛おしくて最高に心地いい。
帰ってきてからもなんだかいろいろ慌しくて、振り返るとかまだ全然できてないんだけど、今後徐々に整理して旅の写真とともにアップしていきたいと思います。乞うご期待。
今日まず言いたいのは、ふたつ。
その一。何回も言ってるけど、もう一度。
みなさん、本当に本当にありがとうございました。
私はいかに人とのつながりによって生かされているかを強く強く感じた1年だった。本当に。こんな月並みな言葉でしか言えないのがもどかしいけれど、本当に、本当に、ありがとう。私はこの感謝の気持ちを原動力に生きていきます。
その二。事務連絡。
旅中に携帯が壊れてしまったので、勢い余ってiPhoneを買ってしまいました。高かったけど、ちょーいい。うふ。
新しい連絡先は、mixiのプロフィールの「所属」の欄に友人まで公開の設定で載せてあります。
今すぐにでも会いたい人たちがいっぱいいるのに、いろいろと慌しくてアドレス帳を移す作業がなかなかできなさそうなのと、連絡しなきゃいけない人が多すぎてこっちから連絡するまでにちょっと時間がかかりそうなので、わたしに会ってやってもいいぞ、という心優しいお方はご連絡していただけるととっても嬉しいです。
mixiでもfacebookでもつながってない知人の方はコメントなりPCにメールなりください。
ご迷惑おかけしてごめんなさい。よろしくお願いします。
それじゃ、また近々書きます。ちゃお
冬の寒さの中の温かさが懐かしくて愛おしくて最高に心地いい。
帰ってきてからもなんだかいろいろ慌しくて、振り返るとかまだ全然できてないんだけど、今後徐々に整理して旅の写真とともにアップしていきたいと思います。乞うご期待。
今日まず言いたいのは、ふたつ。
その一。何回も言ってるけど、もう一度。
みなさん、本当に本当にありがとうございました。
私はいかに人とのつながりによって生かされているかを強く強く感じた1年だった。本当に。こんな月並みな言葉でしか言えないのがもどかしいけれど、本当に、本当に、ありがとう。私はこの感謝の気持ちを原動力に生きていきます。
その二。事務連絡。
旅中に携帯が壊れてしまったので、勢い余ってiPhoneを買ってしまいました。高かったけど、ちょーいい。うふ。
新しい連絡先は、mixiのプロフィールの「所属」の欄に友人まで公開の設定で載せてあります。
今すぐにでも会いたい人たちがいっぱいいるのに、いろいろと慌しくてアドレス帳を移す作業がなかなかできなさそうなのと、連絡しなきゃいけない人が多すぎてこっちから連絡するまでにちょっと時間がかかりそうなので、わたしに会ってやってもいいぞ、という心優しいお方はご連絡していただけるととっても嬉しいです。
mixiでもfacebookでもつながってない知人の方はコメントなりPCにメールなりください。
ご迷惑おかけしてごめんなさい。よろしくお願いします。
それじゃ、また近々書きます。ちゃお
Monday, February 09, 2009
帰国前日
とうとう、明日帰国です。ちょっとまだ信じられない。
終わりの寂しさと、帰る楽しみと。
この1年を消化するにはまだまだ時間がかかりそうだけど、今ひとつ確かに言えることは、最高の1年だったってこと。
こんなにも「出会い」というキーワードが大きくなるとは思ってもみなかった。
いろんなものを見たとかいろんなこと経験したとかそれ以上に、いつの日もすごく素敵な出会いがあった。
様々なバックグラウンドを持った人たち、みんなそれぞれにきらきら輝くものを持っていて、うわあ、すごいなあ、って、感動と学びの連続だった。
出会いと、恩と、ちょっとだけ経験と。
これらが、これからの私を生かしていく原動力になっていくことでしょう。
日本に帰ったらしたいこともいっぱい。
美容院行って、ヒールとスカート履いて、納豆とお寿司食べて、カシスウーロンと日本酒飲んで、家族や、山形の祖父や、友達や、たくさんの待っててくれた人たちに会って。国内旅行もしたいな。もちろん、いっぱい本読んで、勉強も。
こんな風に自由気ままに一人旅ができたのも、結局はいつも一人じゃなかったから。
行く先々で出会った人や、日本で私のことを気にかけてくれて待っててくれる人がいて、私はそういう人たちに支えられて、ここまで無事に来られたんだと心から思います。
私に一番の幸せとパワーを与えてくれるものって、人とのつながりの温かさなんだなって、改めて実感しました。
みんな、本当にありがとう。
終わりの寂しさと、帰る楽しみと。
この1年を消化するにはまだまだ時間がかかりそうだけど、今ひとつ確かに言えることは、最高の1年だったってこと。
こんなにも「出会い」というキーワードが大きくなるとは思ってもみなかった。
いろんなものを見たとかいろんなこと経験したとかそれ以上に、いつの日もすごく素敵な出会いがあった。
様々なバックグラウンドを持った人たち、みんなそれぞれにきらきら輝くものを持っていて、うわあ、すごいなあ、って、感動と学びの連続だった。
出会いと、恩と、ちょっとだけ経験と。
これらが、これからの私を生かしていく原動力になっていくことでしょう。
日本に帰ったらしたいこともいっぱい。
美容院行って、ヒールとスカート履いて、納豆とお寿司食べて、カシスウーロンと日本酒飲んで、家族や、山形の祖父や、友達や、たくさんの待っててくれた人たちに会って。国内旅行もしたいな。もちろん、いっぱい本読んで、勉強も。
こんな風に自由気ままに一人旅ができたのも、結局はいつも一人じゃなかったから。
行く先々で出会った人や、日本で私のことを気にかけてくれて待っててくれる人がいて、私はそういう人たちに支えられて、ここまで無事に来られたんだと心から思います。
私に一番の幸せとパワーを与えてくれるものって、人とのつながりの温かさなんだなって、改めて実感しました。
みんな、本当にありがとう。
Friday, January 30, 2009
旅は道連れ
ベトナムはホーチミンシティにやって来ました。
ドイモイの成果か、カンボジアとは比べ物にならない程の発展ぶりに驚いています。ちょっとトーゴからガーナにやって来た時の感覚と似てるかんじ。
カンボジアのシェムリアップで出会った日本人たちと、プノンペン、ホーチミンと一緒に来ています。日本人と一緒に行動するのとかって、考えてみたらこの旅始まって2回目ぐらいな気がする。
言葉にしちゃうとありきたりなんだけど、旅での予測不可能性と、日本では知り合えないような人たちとの出会いの環境に、ただただ感動するばかり。
旅ってすごい。旅ってほんとおもしろい。
がっかりを恐れて行ったアンコール遺跡は、全然すごかった。今まで見た世界遺産の中で、ヨルダンのペトラとここアンコール遺跡が私の中のベスト2に決まりました。壮大な自然の中に人間のちっぽけさを感じて、謙虚な気持ちになれるところがいい。
旅も残すところあと10日余り。現地から日本に送る絵葉書の到着と、自分の帰国とどっちが早いか、競争です。
ドイモイの成果か、カンボジアとは比べ物にならない程の発展ぶりに驚いています。ちょっとトーゴからガーナにやって来た時の感覚と似てるかんじ。
カンボジアのシェムリアップで出会った日本人たちと、プノンペン、ホーチミンと一緒に来ています。日本人と一緒に行動するのとかって、考えてみたらこの旅始まって2回目ぐらいな気がする。
言葉にしちゃうとありきたりなんだけど、旅での予測不可能性と、日本では知り合えないような人たちとの出会いの環境に、ただただ感動するばかり。
旅ってすごい。旅ってほんとおもしろい。
がっかりを恐れて行ったアンコール遺跡は、全然すごかった。今まで見た世界遺産の中で、ヨルダンのペトラとここアンコール遺跡が私の中のベスト2に決まりました。壮大な自然の中に人間のちっぽけさを感じて、謙虚な気持ちになれるところがいい。
旅も残すところあと10日余り。現地から日本に送る絵葉書の到着と、自分の帰国とどっちが早いか、競争です。
Saturday, January 24, 2009
インド土産
に、風邪をもらってしまいました。
寒い北インド、バラナシのホテルでホットシャワーが出なかったせいよ。寒さのあまり心臓麻痺を起こさないか本気で心配だった。
熱とかはないんだけれど、声が出ません。喉にこれだけのダメージを受けたのは23年間の人生で初めてな気がする。。。
でも大好きなバラナシだからこれもよい思い出の引き出しの中にひっそりとしまっておくことにします。
インドの後、タイはバンコクを経てカンボジアのシェムリアップに来ています。
アンコールワットがあるところ。明日見に行きます。これもまた「噂に聞くほどじゃないな」となるか、「やっぱりすごかった」となるか。どうか後者でありますように。
旅も面白いのだけど、帰国日が近づくにつれ日本への郷愁みたいなものが日に日に強くなっている気がします。
帰ることの嬉しさと、奇跡としか思えないような出会いと日本では得難い学びに溢れたこの日々に終止符を打つ寂しさと、両方が拮抗した不思議なこころもち。
寒い北インド、バラナシのホテルでホットシャワーが出なかったせいよ。寒さのあまり心臓麻痺を起こさないか本気で心配だった。
熱とかはないんだけれど、声が出ません。喉にこれだけのダメージを受けたのは23年間の人生で初めてな気がする。。。
でも大好きなバラナシだからこれもよい思い出の引き出しの中にひっそりとしまっておくことにします。
インドの後、タイはバンコクを経てカンボジアのシェムリアップに来ています。
アンコールワットがあるところ。明日見に行きます。これもまた「噂に聞くほどじゃないな」となるか、「やっぱりすごかった」となるか。どうか後者でありますように。
旅も面白いのだけど、帰国日が近づくにつれ日本への郷愁みたいなものが日に日に強くなっている気がします。
帰ることの嬉しさと、奇跡としか思えないような出会いと日本では得難い学びに溢れたこの日々に終止符を打つ寂しさと、両方が拮抗した不思議なこころもち。
Friday, January 16, 2009
河のほとりの町
わたしのバイブル『深い河』の舞台。
5年越しの憧れの町。
世界でいちばん行きたかったところ。
ようやく、ようやく来ることができました、バラナシ。
『深い河』に登場する「ナクサール・バガヴァティ寺」に行きたい!行くね!といろんな人と話していたのだけど、ここに来て誰に聞いても皆知らないと言う。仕方なくネットで調べてみたら、このお寺は遠藤周作の創作だったそうです。なーんだ。
でもそのお寺にあることになっているチャームンダー女神の像は、デリーの国立博物館にあるとのこと。インド最終日、デリーに帰ったときに寄ってみようと思います。
インド。
旅のありとあらゆる側面についての恐ろしい前評判に実はかなり怯えていたのだけど、「トーゴに比べたらそれほどでもないじゃん」というのが率直な感想。
とにかく何もかもがめちゃくちゃなのも、トーゴに慣れた身にとってはそれほど新鮮でも強烈でもない。ほっとする一方、このカオスが純粋に楽しくもあります。
ただ寒いのにはちょっと閉口。アフリカ人並みに寒さに耐性がなくなった体にとってはなおさら。。100均で買って日本から持ってきた「簡易防寒シート」で毎晩命をつないでいます。
ちなみに行った全ての人が絶賛していたタージマハルは、わたしにとってはまあこんなもんか、ってかんじでした。感動を覚えなかった自分がちょっと残念。でも一緒にいったN田さんはとても感動していたみたいです。
こんな短期間の旅行で何がわかるわけでもないけれど、とにかく面白くて楽しい。それに尽きます。
10日間が短いのは来る前からわかっていたことだけど、バラナシには少なくとも2週間はいたい気がする。次回は2ヶ月か3ヶ月ぐらいかけてのんびりインドを旅したいなー。
5年越しの憧れの町。
世界でいちばん行きたかったところ。
ようやく、ようやく来ることができました、バラナシ。
『深い河』に登場する「ナクサール・バガヴァティ寺」に行きたい!行くね!といろんな人と話していたのだけど、ここに来て誰に聞いても皆知らないと言う。仕方なくネットで調べてみたら、このお寺は遠藤周作の創作だったそうです。なーんだ。
でもそのお寺にあることになっているチャームンダー女神の像は、デリーの国立博物館にあるとのこと。インド最終日、デリーに帰ったときに寄ってみようと思います。
インド。
旅のありとあらゆる側面についての恐ろしい前評判に実はかなり怯えていたのだけど、「トーゴに比べたらそれほどでもないじゃん」というのが率直な感想。
とにかく何もかもがめちゃくちゃなのも、トーゴに慣れた身にとってはそれほど新鮮でも強烈でもない。ほっとする一方、このカオスが純粋に楽しくもあります。
ただ寒いのにはちょっと閉口。アフリカ人並みに寒さに耐性がなくなった体にとってはなおさら。。100均で買って日本から持ってきた「簡易防寒シート」で毎晩命をつないでいます。
ちなみに行った全ての人が絶賛していたタージマハルは、わたしにとってはまあこんなもんか、ってかんじでした。感動を覚えなかった自分がちょっと残念。でも一緒にいったN田さんはとても感動していたみたいです。
こんな短期間の旅行で何がわかるわけでもないけれど、とにかく面白くて楽しい。それに尽きます。
10日間が短いのは来る前からわかっていたことだけど、バラナシには少なくとも2週間はいたい気がする。次回は2ヶ月か3ヶ月ぐらいかけてのんびりインドを旅したいなー。
Thursday, January 08, 2009
アフリカ最後の夜
経由地ロンドンの寒さと先進国ぶりにびくびくしているわたし。
最初の目的地インドでの食当たりと腹痛の襲来にびくびくしているわたし。
今から約25時間後に、168日間の長くて短かったわたしのアフリカ滞在が幕を閉じようとしています。
「アフリカ住んでたらもうどこでも生きていけるね」とよく言われるけどそれは本当なのかしら? トーゴの生活に馴染むのに苦労した覚えがないから強くなったという実感もないのがほんとのところなのだけど。お腹壊してないし。わたしがトーゴで得た(と信じたい)強さは次なる舞台インドで試されることになるであろう。
最後の夜なのでアフリカでの生活を振り返ってみようかと思います。全部を書くなんていうのは到底不可能だし時期尚早な気もするので、テーマごとに簡潔に。
「さすがトーゴ」と思ったベスト3
1位 寝ている間に顔の上をゴキブリが這っていった翌朝バックパックの陰にネズミが死んでいた
2位 男も女もどこでも立ちしょん
3位 タクシーの最低乗車人数は助手席に2人、後部座席に4人、時には運転席にも2人
「恐れていたほどじゃないな」と思ったベスト3
1位 飲食物や食器がそれなりに清潔
2位 賄賂を一度も要求されなかった
3位 お土産屋さん以外は白人に対してもあまりぼったくらない
「トーゴでの発見」ベスト3
1位 「個人」なる概念の不在、オリエンタリズムの存在
2位 トーゴ人は概してフランスが嫌い、アメリカが好き
3位 トーゴ人女性は爆乳(過ぎたるは及ばざるが如し)
「トーゴのここが好き」ベスト3
1位 CILSIDAとの出会い(好きというかほんとよかった)
2位 「一度会ったら友達で毎日会ったら兄弟だ♪」的フレンドリネス
3位 食べ物がおいしいしお米をよく食べる
「トーゴのここがイヤ」ベスト3
1位 お互いを貶めようとするメンタリティー
2位 免罪符の論理が罷り通る一部のキリスト教集団
3位 感覚でものを言うし嘘をつくことを悪いと思っていない
他にもいろいろと考えたことや思うところはあるのだけれど、それをトーゴを知らない人にいかにわかってもらえるように説明するかっていうのは、「行った人にしかわからない」というちょっと冷たいかもしれない思いや私のおばかさや勉強不足が相俟って本当に本当に難しいなあと感じているし、今のわたしの感覚はあまりにもこっちの生活が当たり前になってしまっていて「ふつう」の日本人がアフリカに対してどういう印象を持っているかさえちゃんと思い出せない状態で何をどこから説明したらよいかがわからなくて、まだアウトプットできる状態ではないのです。
代わりにと言ってはなんですが、トーゴ最終日にホストファミリーとCILSIDAの仲良しメンバーと一緒に撮った写真を載せますのでどうか今晩はこのへんでご勘弁くださいまし。

ちなみに今日Googleニュースで発見した初めてのサッカー(アデバヨル)以外のトーゴに関するニュース:
OPICが融資に調印、コントゥアグローバルのトーゴ発電
さよならアフリカ。日本がまた一歩近づく。
最初の目的地インドでの食当たりと腹痛の襲来にびくびくしているわたし。
今から約25時間後に、168日間の長くて短かったわたしのアフリカ滞在が幕を閉じようとしています。
「アフリカ住んでたらもうどこでも生きていけるね」とよく言われるけどそれは本当なのかしら? トーゴの生活に馴染むのに苦労した覚えがないから強くなったという実感もないのがほんとのところなのだけど。お腹壊してないし。わたしがトーゴで得た(と信じたい)強さは次なる舞台インドで試されることになるであろう。
最後の夜なのでアフリカでの生活を振り返ってみようかと思います。全部を書くなんていうのは到底不可能だし時期尚早な気もするので、テーマごとに簡潔に。
「さすがトーゴ」と思ったベスト3
1位 寝ている間に顔の上をゴキブリが這っていった翌朝バックパックの陰にネズミが死んでいた
2位 男も女もどこでも立ちしょん
3位 タクシーの最低乗車人数は助手席に2人、後部座席に4人、時には運転席にも2人
「恐れていたほどじゃないな」と思ったベスト3
1位 飲食物や食器がそれなりに清潔
2位 賄賂を一度も要求されなかった
3位 お土産屋さん以外は白人に対してもあまりぼったくらない
「トーゴでの発見」ベスト3
1位 「個人」なる概念の不在、オリエンタリズムの存在
2位 トーゴ人は概してフランスが嫌い、アメリカが好き
3位 トーゴ人女性は爆乳(過ぎたるは及ばざるが如し)
「トーゴのここが好き」ベスト3
1位 CILSIDAとの出会い(好きというかほんとよかった)
2位 「一度会ったら友達で毎日会ったら兄弟だ♪」的フレンドリネス
3位 食べ物がおいしいしお米をよく食べる
「トーゴのここがイヤ」ベスト3
1位 お互いを貶めようとするメンタリティー
2位 免罪符の論理が罷り通る一部のキリスト教集団
3位 感覚でものを言うし嘘をつくことを悪いと思っていない
他にもいろいろと考えたことや思うところはあるのだけれど、それをトーゴを知らない人にいかにわかってもらえるように説明するかっていうのは、「行った人にしかわからない」というちょっと冷たいかもしれない思いや私のおばかさや勉強不足が相俟って本当に本当に難しいなあと感じているし、今のわたしの感覚はあまりにもこっちの生活が当たり前になってしまっていて「ふつう」の日本人がアフリカに対してどういう印象を持っているかさえちゃんと思い出せない状態で何をどこから説明したらよいかがわからなくて、まだアウトプットできる状態ではないのです。
代わりにと言ってはなんですが、トーゴ最終日にホストファミリーとCILSIDAの仲良しメンバーと一緒に撮った写真を載せますのでどうか今晩はこのへんでご勘弁くださいまし。

ちなみに今日Googleニュースで発見した初めてのサッカー(アデバヨル)以外のトーゴに関するニュース:
OPICが融資に調印、コントゥアグローバルのトーゴ発電
さよならアフリカ。日本がまた一歩近づく。
Tuesday, January 06, 2009
カオス
同じアフリカ、お隣同士のトーゴとガーナでも、様子はだいぶ違う。
今日、道がコンクリートできれいに舗装されてて車がびゅんびゅん直線に走ってて皆が信号守っててゴミが落ちてなくて立ちしょんしてる人もいないアクラの道を歩いていて、なんだか疲れを感じてしまって、もっとだめだめ感と停滞感とぱっとしない感とカオスに溢れてるちっぽけなロメが恋しかった。
「先進国=秩序」⇔「途上国=混沌」という対比で訪れた国々を捉えることが多い。
秩序がある国は何でもわかりやすくて楽ちんで便利できれいで、カオスな国が秘めるごちゃごちゃしたわけのわからなさがない。秩序の国日本から来た身には、概して後者の方がエネルギーがいるけど面白い。
もし世界の国がみんなある程度発展してしまって、秩序に支配されるようになってしまったら、世界はものすごくつまらなくなってしまうんだろうなあー。と漠然と思う。
なんて自分勝手な論理。
と自分を嘲笑ってしまうけれど、こんな旅の面白さみたいなくだらない次元を超えたところで、自分(たち)にとっての都合のよさという強者の論理で、真剣に途上国の発展を望まない人たちって世界にいっぱいいるんだろうなあ。
今日、道がコンクリートできれいに舗装されてて車がびゅんびゅん直線に走ってて皆が信号守っててゴミが落ちてなくて立ちしょんしてる人もいないアクラの道を歩いていて、なんだか疲れを感じてしまって、もっとだめだめ感と停滞感とぱっとしない感とカオスに溢れてるちっぽけなロメが恋しかった。
「先進国=秩序」⇔「途上国=混沌」という対比で訪れた国々を捉えることが多い。
秩序がある国は何でもわかりやすくて楽ちんで便利できれいで、カオスな国が秘めるごちゃごちゃしたわけのわからなさがない。秩序の国日本から来た身には、概して後者の方がエネルギーがいるけど面白い。
もし世界の国がみんなある程度発展してしまって、秩序に支配されるようになってしまったら、世界はものすごくつまらなくなってしまうんだろうなあー。と漠然と思う。
なんて自分勝手な論理。
と自分を嘲笑ってしまうけれど、こんな旅の面白さみたいなくだらない次元を超えたところで、自分(たち)にとっての都合のよさという強者の論理で、真剣に途上国の発展を望まない人たちって世界にいっぱいいるんだろうなあ。
Monday, January 05, 2009
au revoir
というわけでトーゴを去りたてほやほやのわたしです。
と言ってもこれで最後だ、みたいな実感が全然なくて、ガーナ国境までCILSIDAの仲良かったメンバーとAIESECのわたしのお世話係(AIESEC用語でなんて言うんだっけ?)が見送りに来てくれたり、友達と泣くか泣かないかで賭けをしてはみたけど結局涙なしの笑顔のお別れでした。
そしてここアクラではTさんが再び温かく迎えてくださって、今日はおせち料理とすき焼きをごちそうになってしまった。おいしすぎた。日本食バンザイ。
今日トーゴを去った感覚は、4月12日に日本を発った感覚とちょっと似てた。
とにかく実感がない。
「わたしはもう(しばらく)戻ってこないんだ、これでお別れなんだ」って思っても、それがどういうことなのか一生懸命頭で考えても、心が理解できてない。諸々のお別れの儀式(待ち時間のふわふわした団欒とか写真撮影とかハグとか)が無声映画の早送りを見てるみたいなかんじで過ぎていって、こんなんでいいのかな?とか思ってる間に全てが終わって気づいたらひとりになってた、みたいな。
アメリカ留学の最終日はこんなんじゃなかったんだけどなー。いろんな意味で、あの頃は純で一直線で一生懸命でまっしぐらだった。若かった、とも言えるかもしれない。そういうむきだしの心みたいなものの喪失に気付き始めたのがハタチを過ぎた頃。こうやって大人になっていくのかー、とちょっと寂しく悲しかった記憶がある。
だからいろいろとトーゴでの半年弱を終えた感慨とかを書こうにも、まだよく自分の中で「終わり」を認識できてないというのが正直なところです。
今言えるのは、「本当に来てよかった」ということと、「思い残すことや悔いはない」ということだけ。来てよかったと思えるのは、それだけわたしの中で変化があったということ、なのかな。
でも、そうやって変化に鈍感になってぼんやりしてるうちにどんどん忘れていっちゃうのかな、と思うと今のうちに何かしら書き残しておかなくちゃ、とも思うので、アクラのTさん家で優雅な日本さながらの暮らしをさせていただく間に、ちょっとずつ書いていけたらいいなと思います。
なんだかいつにも増してまとまりのない文章になってしまいました。でも結構このまとまりのなさ、つかみどころのなさみたいなものこそが、今のわたしの心境を反映してる気がします。
あ、そういえば明けましておめでとうございます。カレンダーを見る時ぐらいしか、今が年始だなんて思いださないんだけど、ね。
と言ってもこれで最後だ、みたいな実感が全然なくて、ガーナ国境までCILSIDAの仲良かったメンバーとAIESECのわたしのお世話係(AIESEC用語でなんて言うんだっけ?)が見送りに来てくれたり、友達と泣くか泣かないかで賭けをしてはみたけど結局涙なしの笑顔のお別れでした。
そしてここアクラではTさんが再び温かく迎えてくださって、今日はおせち料理とすき焼きをごちそうになってしまった。おいしすぎた。日本食バンザイ。
今日トーゴを去った感覚は、4月12日に日本を発った感覚とちょっと似てた。
とにかく実感がない。
「わたしはもう(しばらく)戻ってこないんだ、これでお別れなんだ」って思っても、それがどういうことなのか一生懸命頭で考えても、心が理解できてない。諸々のお別れの儀式(待ち時間のふわふわした団欒とか写真撮影とかハグとか)が無声映画の早送りを見てるみたいなかんじで過ぎていって、こんなんでいいのかな?とか思ってる間に全てが終わって気づいたらひとりになってた、みたいな。
アメリカ留学の最終日はこんなんじゃなかったんだけどなー。いろんな意味で、あの頃は純で一直線で一生懸命でまっしぐらだった。若かった、とも言えるかもしれない。そういうむきだしの心みたいなものの喪失に気付き始めたのがハタチを過ぎた頃。こうやって大人になっていくのかー、とちょっと寂しく悲しかった記憶がある。
だからいろいろとトーゴでの半年弱を終えた感慨とかを書こうにも、まだよく自分の中で「終わり」を認識できてないというのが正直なところです。
今言えるのは、「本当に来てよかった」ということと、「思い残すことや悔いはない」ということだけ。来てよかったと思えるのは、それだけわたしの中で変化があったということ、なのかな。
実感がないのは、トーゴの時間の流れ方のせいもある、かも、しれない。
クリスマスもお正月も、just another ordinary dayみたいに過ぎて行ったように。それは、わたしの見るところ季節の変化のなさが一因。「日本は季節の変化が豊かだ」とよく言うけれど、トーゴに来て初めて「So what?」というところまで実感を持って考えられた気がします。
でも、そうやって変化に鈍感になってぼんやりしてるうちにどんどん忘れていっちゃうのかな、と思うと今のうちに何かしら書き残しておかなくちゃ、とも思うので、アクラのTさん家で優雅な日本さながらの暮らしをさせていただく間に、ちょっとずつ書いていけたらいいなと思います。
なんだかいつにも増してまとまりのない文章になってしまいました。でも結構このまとまりのなさ、つかみどころのなさみたいなものこそが、今のわたしの心境を反映してる気がします。
あ、そういえば明けましておめでとうございます。カレンダーを見る時ぐらいしか、今が年始だなんて思いださないんだけど、ね。
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