遅くなってしまいましたが、2月10日をもって10ヶ月間の世界一周の旅を終え帰国しました。
冬の寒さの中の温かさが懐かしくて愛おしくて最高に心地いい。
帰ってきてからもなんだかいろいろ慌しくて、振り返るとかまだ全然できてないんだけど、今後徐々に整理して旅の写真とともにアップしていきたいと思います。乞うご期待。
今日まず言いたいのは、ふたつ。
その一。何回も言ってるけど、もう一度。
みなさん、本当に本当にありがとうございました。
私はいかに人とのつながりによって生かされているかを強く強く感じた1年だった。本当に。こんな月並みな言葉でしか言えないのがもどかしいけれど、本当に、本当に、ありがとう。私はこの感謝の気持ちを原動力に生きていきます。
その二。事務連絡。
旅中に携帯が壊れてしまったので、勢い余ってiPhoneを買ってしまいました。高かったけど、ちょーいい。うふ。
新しい連絡先は、mixiのプロフィールの「所属」の欄に友人まで公開の設定で載せてあります。
今すぐにでも会いたい人たちがいっぱいいるのに、いろいろと慌しくてアドレス帳を移す作業がなかなかできなさそうなのと、連絡しなきゃいけない人が多すぎてこっちから連絡するまでにちょっと時間がかかりそうなので、わたしに会ってやってもいいぞ、という心優しいお方はご連絡していただけるととっても嬉しいです。
mixiでもfacebookでもつながってない知人の方はコメントなりPCにメールなりください。
ご迷惑おかけしてごめんなさい。よろしくお願いします。
それじゃ、また近々書きます。ちゃお
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Friday, February 13, 2009
Monday, February 09, 2009
帰国前日
とうとう、明日帰国です。ちょっとまだ信じられない。
終わりの寂しさと、帰る楽しみと。
この1年を消化するにはまだまだ時間がかかりそうだけど、今ひとつ確かに言えることは、最高の1年だったってこと。
こんなにも「出会い」というキーワードが大きくなるとは思ってもみなかった。
いろんなものを見たとかいろんなこと経験したとかそれ以上に、いつの日もすごく素敵な出会いがあった。
様々なバックグラウンドを持った人たち、みんなそれぞれにきらきら輝くものを持っていて、うわあ、すごいなあ、って、感動と学びの連続だった。
出会いと、恩と、ちょっとだけ経験と。
これらが、これからの私を生かしていく原動力になっていくことでしょう。
日本に帰ったらしたいこともいっぱい。
美容院行って、ヒールとスカート履いて、納豆とお寿司食べて、カシスウーロンと日本酒飲んで、家族や、山形の祖父や、友達や、たくさんの待っててくれた人たちに会って。国内旅行もしたいな。もちろん、いっぱい本読んで、勉強も。
こんな風に自由気ままに一人旅ができたのも、結局はいつも一人じゃなかったから。
行く先々で出会った人や、日本で私のことを気にかけてくれて待っててくれる人がいて、私はそういう人たちに支えられて、ここまで無事に来られたんだと心から思います。
私に一番の幸せとパワーを与えてくれるものって、人とのつながりの温かさなんだなって、改めて実感しました。
みんな、本当にありがとう。
終わりの寂しさと、帰る楽しみと。
この1年を消化するにはまだまだ時間がかかりそうだけど、今ひとつ確かに言えることは、最高の1年だったってこと。
こんなにも「出会い」というキーワードが大きくなるとは思ってもみなかった。
いろんなものを見たとかいろんなこと経験したとかそれ以上に、いつの日もすごく素敵な出会いがあった。
様々なバックグラウンドを持った人たち、みんなそれぞれにきらきら輝くものを持っていて、うわあ、すごいなあ、って、感動と学びの連続だった。
出会いと、恩と、ちょっとだけ経験と。
これらが、これからの私を生かしていく原動力になっていくことでしょう。
日本に帰ったらしたいこともいっぱい。
美容院行って、ヒールとスカート履いて、納豆とお寿司食べて、カシスウーロンと日本酒飲んで、家族や、山形の祖父や、友達や、たくさんの待っててくれた人たちに会って。国内旅行もしたいな。もちろん、いっぱい本読んで、勉強も。
こんな風に自由気ままに一人旅ができたのも、結局はいつも一人じゃなかったから。
行く先々で出会った人や、日本で私のことを気にかけてくれて待っててくれる人がいて、私はそういう人たちに支えられて、ここまで無事に来られたんだと心から思います。
私に一番の幸せとパワーを与えてくれるものって、人とのつながりの温かさなんだなって、改めて実感しました。
みんな、本当にありがとう。
Wednesday, September 03, 2008
distance between me and my country
shibacchi arrived here a couple of days ago with other 4 members of AIESEC Japan. i wasn't really expecting that he or anyone from japan would actually come visit, and it was such a wonderful surprise when i first heard that they were coming. and yesterday when i saw them i was really really happy.
but it was such a weird feeling to talk to them and spend some time with them because it made me realize how far from my country i have come.
one example is the language. now my brain has completely shifted to english (and french), and when i tried to talk in japanese words just didn't come out. i had to translate english and french into japanese in my head before saying anything. it was really really wierd and a little bit frustrating. but on the other hand, i can really feel now that my french is actually getting better. although it will take some more time before my french gets really ok, compared to how it was when i first got here, it has really improved a lot. that's one good thing.
another thing, in terms of how i think and how i act: what was totally normal to them seemed so strange and unfamiliar to me. they are just all those small things that you don't even care about in everyday life, but sometimes i saw them as if i saw someone from a totally different world. of couse in other times i felt a little bit of fragments of "home" from them also and that was such a nice, "ho tto suru" feeling. but the former feeling was so strong and i had to admit that those 5 months i have been away from japan for is actually making some changes in me.
on thursday we are going on a short trip together to Kpalimé (the most "touristic" town in Togo). i am very excited about it now.
although it was kinda a shame about the prime minister, i hope everything is going well with you all in japan (or wherever you may be), my ppl! à bientot
but it was such a weird feeling to talk to them and spend some time with them because it made me realize how far from my country i have come.
one example is the language. now my brain has completely shifted to english (and french), and when i tried to talk in japanese words just didn't come out. i had to translate english and french into japanese in my head before saying anything. it was really really wierd and a little bit frustrating. but on the other hand, i can really feel now that my french is actually getting better. although it will take some more time before my french gets really ok, compared to how it was when i first got here, it has really improved a lot. that's one good thing.
another thing, in terms of how i think and how i act: what was totally normal to them seemed so strange and unfamiliar to me. they are just all those small things that you don't even care about in everyday life, but sometimes i saw them as if i saw someone from a totally different world. of couse in other times i felt a little bit of fragments of "home" from them also and that was such a nice, "ho tto suru" feeling. but the former feeling was so strong and i had to admit that those 5 months i have been away from japan for is actually making some changes in me.
on thursday we are going on a short trip together to Kpalimé (the most "touristic" town in Togo). i am very excited about it now.
although it was kinda a shame about the prime minister, i hope everything is going well with you all in japan (or wherever you may be), my ppl! à bientot
Tuesday, July 01, 2008
暇を持て余す
っていうのはほんとにこういうことですねー。
今日の夜行でシリアを出てアンマンに戻るつもりなのですが、今とにかく暇で暇で仕方ありません。
ネットカフェで余った時間とシリアンポンドを使い果たすという廃人的目論見。
だってー、ハマはもう全部見尽くしたし、ちょっと遠出できるほどはお金ないし、ホテルにある本全部読んじゃったし、持ってたフラ語の本もおとといぐらいに終わっちゃったし、チェックアウトしちゃったから寝るベッドもないし、とにかく暇なんだもーん。外でぼーっとするのには暑すぎるし。。
しかもなぜかここのネットカフェ、ブログ本体が見られないんだよね。編集画面は大丈夫なんだけど。だからたまりにたまったコメントを返すこともできず、、、。
ちなみに「ヨルダン」っていう記事に礼奈の前にコメントくれたのはどなたですか? わたしが知ってるヨルダン経験者は2人しかいなくて、たぶんHさんかなーと思ってるんですが果たしてそうでしょうか?
ところでホテルにあった『路上の夢 新宿ホームレス物語』っていう本を読んだんですが、なんかすごく新宿が懐かしくなってしまいました。やっぱり日本のかけらを感じると日本が恋しくなります。
でも、日本に帰りたいと本気で思ったことは、まだ、ない。
そんな思いが一瞬だけ頭の中をかすめたのは今までで2回だけあります。盗難にあった時と、病気になった時。でもその時もすぐ「ここで負けてどうするんだ! なんのために一人旅に出てきたの?」って思い直したけど。そう思うとそれまでの500倍ぐらい勇気と元気が湧いてきます。
自分でもすごく不思議なのだけど、去年3週間のイスラエル滞在の後に10日間だけトルコを一人でまわってた時は帰りたくて帰りたくて仕方なかった。トルコにいる間中、すごく孤独で寂しかった。
今回はその何倍もの時間をずっと一人で過ごしているのに、孤独に押しつぶされそうになるとかそういったことはまったくない。
理由をずっと考え続けているんだけど、自分でもよくわかりません。
でも、ひとつには今回の方がいろんなひととの出会いを大切にしてるっていうのがあるかもしれない。
現地の人々、宿の部屋で一緒になった人々、、いろんな人といろんな会話を交わします。だから、ひとりだけど、ひとりじゃない。
友達がいないなら、友達を作ればいい。それは今回ひとつ学んだことでもある気がします。
最近ずっと思ってるのは、自分で何とかしようと思えばどんなことだって何とかなるんだ、ってこと。
あらゆる意味で「枠」を超える、というか。世の中って、普段なんとなく見えているほどいろんなことが「決まって」いるわけじゃないんだなー。って。むしろもっともっと混沌としていて、隙間だらけで、いろんなものが交錯していて、「このボタンを押せばこれが出てきます」みたいな、そんな世界じゃないな、って。もちろんそのボタンを押しても目的のものは出てくるかもしれないけど、そのボタンを見つけられないことは目的のものを手に入れられないことと同義ではない。
って書くとなんか不正ルートで何かをするみたいに聞こえるかもしれないけど全然そういう意味ではなくて。
決まりごと(法律だったりルールだったり秩序だったり、文化や暗黙の了解的なものだったり常識だったり「普通」だったり)なんて、結局は人間が作り出したもの。そして人間が作り出したもので絶対なものなんてない。
そして世界はそんな決まりごとで区切られて整理されているように見えるけど全然そんなことなくて。もっと世界はつながっていて、自分で思うように、好きなように、どうにでも、そのつながりをたどって新しいなにかを作り出していくことができる。
相変わらず漠然としてわかりにくい文章でごめんなさい。
では外がちょっとは涼しくなっていることを期待しつつネットカフェを出ることにします。
今日の夜行でシリアを出てアンマンに戻るつもりなのですが、今とにかく暇で暇で仕方ありません。
ネットカフェで余った時間とシリアンポンドを使い果たすという廃人的目論見。
だってー、ハマはもう全部見尽くしたし、ちょっと遠出できるほどはお金ないし、ホテルにある本全部読んじゃったし、持ってたフラ語の本もおとといぐらいに終わっちゃったし、チェックアウトしちゃったから寝るベッドもないし、とにかく暇なんだもーん。外でぼーっとするのには暑すぎるし。。
しかもなぜかここのネットカフェ、ブログ本体が見られないんだよね。編集画面は大丈夫なんだけど。だからたまりにたまったコメントを返すこともできず、、、。
ちなみに「ヨルダン」っていう記事に礼奈の前にコメントくれたのはどなたですか? わたしが知ってるヨルダン経験者は2人しかいなくて、たぶんHさんかなーと思ってるんですが果たしてそうでしょうか?
ところでホテルにあった『路上の夢 新宿ホームレス物語』っていう本を読んだんですが、なんかすごく新宿が懐かしくなってしまいました。やっぱり日本のかけらを感じると日本が恋しくなります。
でも、日本に帰りたいと本気で思ったことは、まだ、ない。
そんな思いが一瞬だけ頭の中をかすめたのは今までで2回だけあります。盗難にあった時と、病気になった時。でもその時もすぐ「ここで負けてどうするんだ! なんのために一人旅に出てきたの?」って思い直したけど。そう思うとそれまでの500倍ぐらい勇気と元気が湧いてきます。
自分でもすごく不思議なのだけど、去年3週間のイスラエル滞在の後に10日間だけトルコを一人でまわってた時は帰りたくて帰りたくて仕方なかった。トルコにいる間中、すごく孤独で寂しかった。
今回はその何倍もの時間をずっと一人で過ごしているのに、孤独に押しつぶされそうになるとかそういったことはまったくない。
理由をずっと考え続けているんだけど、自分でもよくわかりません。
でも、ひとつには今回の方がいろんなひととの出会いを大切にしてるっていうのがあるかもしれない。
現地の人々、宿の部屋で一緒になった人々、、いろんな人といろんな会話を交わします。だから、ひとりだけど、ひとりじゃない。
友達がいないなら、友達を作ればいい。それは今回ひとつ学んだことでもある気がします。
とはいえ、なんで去年あんなにホームシックになったのかの理由にはこれだけでは不十分そうだけど。それは今後も考えていくということで。
最近ずっと思ってるのは、自分で何とかしようと思えばどんなことだって何とかなるんだ、ってこと。
あらゆる意味で「枠」を超える、というか。世の中って、普段なんとなく見えているほどいろんなことが「決まって」いるわけじゃないんだなー。って。むしろもっともっと混沌としていて、隙間だらけで、いろんなものが交錯していて、「このボタンを押せばこれが出てきます」みたいな、そんな世界じゃないな、って。もちろんそのボタンを押しても目的のものは出てくるかもしれないけど、そのボタンを見つけられないことは目的のものを手に入れられないことと同義ではない。
って書くとなんか不正ルートで何かをするみたいに聞こえるかもしれないけど全然そういう意味ではなくて。
決まりごと(法律だったりルールだったり秩序だったり、文化や暗黙の了解的なものだったり常識だったり「普通」だったり)なんて、結局は人間が作り出したもの。そして人間が作り出したもので絶対なものなんてない。
そして世界はそんな決まりごとで区切られて整理されているように見えるけど全然そんなことなくて。もっと世界はつながっていて、自分で思うように、好きなように、どうにでも、そのつながりをたどって新しいなにかを作り出していくことができる。
相変わらず漠然としてわかりにくい文章でごめんなさい。
では外がちょっとは涼しくなっていることを期待しつつネットカフェを出ることにします。
Sunday, March 30, 2008
たいせつ
こんなに楽しかった飲み会、今までにあっただろうか。
っていうぐらい、3年飲みと兼ねて開いてもらった今日のわたしの送別会は、笑いまくったしはしゃぎまくった。
みんな本当にありがとう。
彼らと接していて感じるのは、ものすごく大きな、優しさ。
どんなにはしゃいでいたり冗談を言い合ったり厳しいことを言ったり毒を吐いたりしていても、その奥底には揺るぎない優しさがある。
いつもどんなときでもお互いへの思いやりがあって、人間の温もりみたいなものが溢れてる。
きっとそれは、お互いを認め合ってるからなのかな、と思う。違いはあっても、受け入れること、って、もしかしたらこういうことなのかもしれない。違うものを受け入れるって、すごく難しいことだけど、ここではそれができている人たちがいるんだよね。
日ごろの自分を反省するとともに、とても大切なものを学んでいます。頭がよかったり仕事ができるだけじゃ決して満たすことができないもの。それがここにはある。それをわたしももっともっと磨いていかなきゃいけない。
ところで、今日初めて、自分が本当に旅立つんだという実感が急に胸に迫ってきた。ほんとにいなくなるんだよね、わたし。
1年って長いよね。置き去りにされてしまうことへの寂しさや恐怖感みたいなものはやっぱり、ある。
何かを得るためには別の何かを犠牲にしなきゃいけない、それは高校留学の時に学んだことだし、ひとつのものごとも視点を変えればよくも悪くもなる、と、そう言われてしまえばそれまでなんだけど。
別にね、だから行きたくないとか、そういうわけじゃないの。行くのが楽しみなことには変わりがないの。
これは決して、「旅に出ることで得られるもの」と「日本を離れることで失うもの」をはかりにかけて考えることの問題ではなくて。
欲張りなわたしのわがままな独り言、っていう、ただそれだけなんだけど。
でもなんでこういう風に感じるかって言ったら、いま、ここ、に、大切なものがたくさんたくさんあるからなんだとおもう。
気づかない間にわたしは、両手で抱えきれないほど、背中に背負いきれないほどの、「たいせつ」を積み上げてきた。そう、それはときに身動きを不自由にするほどの「たいせつ」――。
正直なところ1年の重みなんて帰ってきてみないとわからないと思う。もしかしたら何も変わらないかもしれない。でももしかしたら・・・。
だから今はわざと何も考えないようにしてます。すべては帰ってきてから考えよう。そうじゃなきゃ、いまこの一歩を踏み出せなくなるから。
それにしても、今日は本当に楽しかった。タンバリン叩きすぎて、左手があざだらけな上に、指輪が歪んでしまった。。。もう抜けない。。。。
っていうぐらい、3年飲みと兼ねて開いてもらった今日のわたしの送別会は、笑いまくったしはしゃぎまくった。
みんな本当にありがとう。
彼らと接していて感じるのは、ものすごく大きな、優しさ。
どんなにはしゃいでいたり冗談を言い合ったり厳しいことを言ったり毒を吐いたりしていても、その奥底には揺るぎない優しさがある。
いつもどんなときでもお互いへの思いやりがあって、人間の温もりみたいなものが溢れてる。
きっとそれは、お互いを認め合ってるからなのかな、と思う。違いはあっても、受け入れること、って、もしかしたらこういうことなのかもしれない。違うものを受け入れるって、すごく難しいことだけど、ここではそれができている人たちがいるんだよね。
日ごろの自分を反省するとともに、とても大切なものを学んでいます。頭がよかったり仕事ができるだけじゃ決して満たすことができないもの。それがここにはある。それをわたしももっともっと磨いていかなきゃいけない。
ところで、今日初めて、自分が本当に旅立つんだという実感が急に胸に迫ってきた。ほんとにいなくなるんだよね、わたし。
1年って長いよね。置き去りにされてしまうことへの寂しさや恐怖感みたいなものはやっぱり、ある。
何かを得るためには別の何かを犠牲にしなきゃいけない、それは高校留学の時に学んだことだし、ひとつのものごとも視点を変えればよくも悪くもなる、と、そう言われてしまえばそれまでなんだけど。
別にね、だから行きたくないとか、そういうわけじゃないの。行くのが楽しみなことには変わりがないの。
これは決して、「旅に出ることで得られるもの」と「日本を離れることで失うもの」をはかりにかけて考えることの問題ではなくて。
欲張りなわたしのわがままな独り言、っていう、ただそれだけなんだけど。
でもなんでこういう風に感じるかって言ったら、いま、ここ、に、大切なものがたくさんたくさんあるからなんだとおもう。
気づかない間にわたしは、両手で抱えきれないほど、背中に背負いきれないほどの、「たいせつ」を積み上げてきた。そう、それはときに身動きを不自由にするほどの「たいせつ」――。
正直なところ1年の重みなんて帰ってきてみないとわからないと思う。もしかしたら何も変わらないかもしれない。でももしかしたら・・・。
だから今はわざと何も考えないようにしてます。すべては帰ってきてから考えよう。そうじゃなきゃ、いまこの一歩を踏み出せなくなるから。
それにしても、今日は本当に楽しかった。タンバリン叩きすぎて、左手があざだらけな上に、指輪が歪んでしまった。。。もう抜けない。。。。
Monday, January 28, 2008
merci a l'Etat
・・・とちょっとかっこつけつつ恥じらいつつフラ語で書いてみる。最近フラ語を勉強してたから使ってみたいの♪
いろいろ旅の準備で調べたりしていると、「国って実はわたしたちのことをすごく守ってくれてるんだなー」ということを実感する。
税金納めてるんだから国が国民を守るのは当たり前、とか、国民の「ために」やってるわけじゃないかもよ、っていう意見も、政府が動かないせいで在外邦人が亡くなった、っていう反論も、もしかしたらもっともなのかもしれないけど、本当に政府がdoesn't careで何もしていなかったらthings would've been far worseだったんじゃないかなあ、って思う。
外務省とか厚生労働省とかのサイトを見ていると、本当に事細かに海外に行った時や行くに際して気をつけるべきことやすべきこととかが書いてある。在ケニアの大使館のページに行ってみても、暴動を受けていろんな安全情報をありとあらゆる手段で在ケニア邦人に流していることがわかった。ラジオとか、メールとか、ウェブサイトとか。
先日AFSのリターニーで外務省の元大使の方のお話を聞く機会があったのだけど、任地での緊急事態に際して在外邦人を退避させるか否かの判断がすごく難しかったとおっしゃっていた。人の、しかも何百人何千人の命に関わる決断を、自分がしなきゃいけないなんて・・・想像を絶する重責だよね。でも実際わたしたちにとって、海外でほんとに頼れるところなんて、大使館しかないもんね。
きっとわたしたちの知らないところでわたしたちの安全を守るために必死になってくれている人たちがいるからこそ、わたしたちはのん気に生きていけるんだろうな、とここでも気づかされた。
日本で暮らしていると、メディアの煽動と相俟って政府の悪いところばっかり見えちゃったりするけど、ちょっと日本の外に目を向けて日本人が世界のほとんどの国に自由に行けて、しかもそこではちゃんと守られてるんだということを改めて考えてみると、これって当たり前のことじゃないんだよね、すごくありがたいことなんだよね、と思う。
いつもと違うことをするといつもは当たり前と思ってることに感謝できるようになる、、これも旅という非日常のひとつの醍醐味だよね。
いろいろ旅の準備で調べたりしていると、「国って実はわたしたちのことをすごく守ってくれてるんだなー」ということを実感する。
税金納めてるんだから国が国民を守るのは当たり前、とか、国民の「ために」やってるわけじゃないかもよ、っていう意見も、政府が動かないせいで在外邦人が亡くなった、っていう反論も、もしかしたらもっともなのかもしれないけど、本当に政府がdoesn't careで何もしていなかったらthings would've been far worseだったんじゃないかなあ、って思う。
外務省とか厚生労働省とかのサイトを見ていると、本当に事細かに海外に行った時や行くに際して気をつけるべきことやすべきこととかが書いてある。在ケニアの大使館のページに行ってみても、暴動を受けていろんな安全情報をありとあらゆる手段で在ケニア邦人に流していることがわかった。ラジオとか、メールとか、ウェブサイトとか。
先日AFSのリターニーで外務省の元大使の方のお話を聞く機会があったのだけど、任地での緊急事態に際して在外邦人を退避させるか否かの判断がすごく難しかったとおっしゃっていた。人の、しかも何百人何千人の命に関わる決断を、自分がしなきゃいけないなんて・・・想像を絶する重責だよね。でも実際わたしたちにとって、海外でほんとに頼れるところなんて、大使館しかないもんね。
きっとわたしたちの知らないところでわたしたちの安全を守るために必死になってくれている人たちがいるからこそ、わたしたちはのん気に生きていけるんだろうな、とここでも気づかされた。
日本で暮らしていると、メディアの煽動と相俟って政府の悪いところばっかり見えちゃったりするけど、ちょっと日本の外に目を向けて日本人が世界のほとんどの国に自由に行けて、しかもそこではちゃんと守られてるんだということを改めて考えてみると、これって当たり前のことじゃないんだよね、すごくありがたいことなんだよね、と思う。
いつもと違うことをするといつもは当たり前と思ってることに感謝できるようになる、、これも旅という非日常のひとつの醍醐味だよね。
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