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Tuesday, May 05, 2009

Incred!ble Hindi

今学期はなぜか語学の授業が無駄に多く(6ヶ国語7コマ...)、ひいひい言いながらなんとか4月を乗り切ったわけですが、それらの授業の中で、今、ヒンディー語がとてもアツいです。

アツい理由はいくつかあって、

その1:先生が素晴らしい

今まで語学の習得にしろ他の勉強にしろ、大事なのは自分でどれだけやるかで、先生の教え方が上手/下手って、そこまで影響しないと思っていた。

が! が!!

ヒンディー語の講義の先生は外部講師で外語大の先生なんだけど、ご自分で本も書いてらして(それが教科書)、教え方はさすがプロ。
(外語大の先生で本を書いていれば誰でも教え方がうまいというわけではないだろうけど。)
まだ初めの文字と発音のところだからだと思うけど1回100分の授業で1ページ進むか進まないかくらいの速度で、説明が一つ一つものすごく丁寧で、発音に至っては言語学的説明から口の構造からヒンディー語と日本語・英語との違いに至るまで細かく細かく教えてくださるんだけど、発音マニア(他称)の私としてはもう鳥肌が立つくらい面白い。し、what's more, こういう教え方をされればさすがに誰でもできるような気がする。

横道にそれますが外国語の発音ができないのって、耳のよさとかって言うけど違うんじゃないかと思う。正しい舌の位置とか口の形とかを学んで、ちゃんとひとつひとつの音をスピーカーにかじりつくくらいに聞いて、自分の発音を録音して徹底的に聞き比べて違うところを直して何度も練習して、、ってやっていけば誰でもある程度はうまくなると思うんだけどなあ。

Anyway, 今学期取っているもう一つの非ラテンアルファベット言語であるヘブライ語の先生は、プリントを配って説明もそこそこに「はい、じゃあ来週までにはアルファベット全部覚えてきてくださいね」。
やっぱりその語学を専門にやってるのと、その言語を使って別の専門研究をしているのとでは、教え方もだいぶ違うのかなあーと思ったり。
ちなみにヘブライ語の先生はとても素敵な先生だし、授業はヘブライ語そのものよりもイスラエル文化とか聖書の話とかが多いのでそれはそれで非常に面白いのですが。

その2:徹底した少人数教育

というのは別に初めから意図されていたことではないらしく、法文1号館の中では2番目くらいに大きいたぶん100人ぐらい入る教室に、学生は2人。。。

この「休めない」というプレッシャーと、さすがに一方向的な講義だと変な感じがする先生との近い距離感、特に質問がしやすかったりちゃんと学生の理解度を確認しながら授業が進む感じ、いいですね。
こういう超少人数授業は前に1回、「本居宣長の『道』の思想」みたいな授業の時に3人っていうのがあったんだけど、振り返ってみるとそういう授業がいちばん楽しかった気がする。同じ内容でも、このぐらい少人数の方が興味も持ちやすいような。

その3:インドが大好きになる

先生がインドのいろいろな文化(国勢調査とか食べ物とか歴史とかとか)の話をされる度に、その話がとってもおもしろくて聞き手を惹きこむものなので、自然とインドが大好きになっちゃうようなかんじ。
先生のお話を聞いていると、世界一周の中でインドを訪れた記憶が蘇ってきて、もう今すぐにでもインドにまた飛んでいきたい!!!!という気持ちにさせられます。

インド、本当に面白かったなあ。また行きたい。

ということで大好きなインド、大好きなバラナシの写真たち。


到着直後、ホテルからガンガーとバラナシの町を臨む。
空中の浮遊物は凧です。前日が凧のお祭りだったらしい。
どのガートか忘れたけど上流に散歩していく途中で。


夜、プージャを見に来た人たち@ダシャーシュワメード


ガンガーの日の出。世界のどこに行っても、太陽の美しさには同じように感動する。



ガンガーの対岸(不浄の地)からガンガー越しに眺めたバラナシの町。

Friday, March 20, 2009

帰国後1ヶ月と10日

語らなければ。

と前回のポストでもったいぶって書いておきながら、本当に久しくご無沙汰しておりました。更新を待っていたという奇特な方がもしもいてくれたとしたら、ごめんなさい。

言い訳その1. 3月頭のお引越し以降昨日まで我が家にネットがつながっていなかった
言い訳その2. またベトナムに行ってきちゃった、えへ
言い訳その3. オンラインで語っていないだけで、オフラインで会ったいろんな人たちにはそれなりに語っていた(無理矢理にでも言語化しようと足掻いた結果、多少はカオスが秩序化された気がする。詳細は後述)

そんなこんなでばたばたしているうちに、日本社会への復帰はほぼ果たせた気でいます。
日本人らしく、お金は服のポケットじゃなくお財布から取り出すし、バッグを不用意に後ろに持つし、馬鹿みたいに高いお金払ってタイ料理食べるし。
残された課題は、道を渡る時に信号を見ることと、携帯をマナーモードに設定することと、お酒を自分で注がないことと、体色をもう5トーンぐらい落とすこと、ぐらいだろうか。
でもだんだん、帰国直後は人目も憚らず何でもできていたのが――もっと正確に言えば、「人目」というものの存在そのものを認識していなかったのが――、最近は周囲の痛い視線の存在を感じるようになってやりづらくなってきました。空気、読んでます。空気、なんてね。笑っちゃうよね。

半分ぐらいはあえてそうしてる面もあるんだけど、あまりしっかりこの1年を振り返る時間がなくて、既に記憶が風化したり加工されつつあります。要するに、旅の1年を「この1年」ではなく「あの1年」と捉えるようになってきています。まずはとにかく社会復帰、と頑張ってきた成果――とは言い過ぎかもしれないから、結果、です。

さて。

語らなければ。
でしたね。

でも難しいんだよね、こう自分でストーリーを立てて説明していくのって。人との会話の文脈の中で思いついたことを経験に依拠して言う方が500倍くらい楽だ。

だいたい人に言われること、聞かれることは決まっています。

1. 焼けたね~
2. どこがよかった?
3. アフリカどうだった?
4. 日本どう?
5. 自分変わったと思う?
6. 次って何年生だっけ...?

答えもだいたい決まっています。

1. これでもだいぶ白くなったんだよ
2. ヨルダンのペトラ、インドのバラナシ、ラオスのシーパンドン(順不同)
3. トーゴを大好きになって帰ってきたかったけどなれなかった
4. 帰る前から「日本は違うぞ、超すごいぞ」って思いすぎてて実際は意外と普通だった
5. 何でもありと思う時の「何でも」の範囲が広がったこと、あとお腹が強くなった気がする、お酒にも強くなった気がする
6. 次は3年生になります。4年生にはまだなれません。大学はうまく行けばあと2年、計6年で卒業です。うまく行かなければ、、あとは野となれ山となれ。

というのは冗談にしても、人から遅れてるという意味での焦りを感じることは高校留学の時点からなくなっていたけど、早く社会に出たいなあと思う気持ちが最近強い。
旅をしていて学生から社会人から本当にいろんな人に出会って、彼らと話をする中で思ったのは、「学生が何やっても、結局お遊びなんだな」ってこと。別に学生は甘えが許されるみたいなことは前から知っていて、それに乗っかってモラトリアム万歳とか言ってたわけだけど、今となっては、何ていうか――もうお遊びはいいかな、というか、社会の中で何かやるなら「学生」という逃げ場を作らないで、裸一貫の背水の陣でやらなきゃな、みたいな気持ちがある。
だから就活する気まんまんです、今のところ。でも、まだモラトリアムでいられる当面の2年間は、しっかり勉学に励みたいです。

あ~また支離滅裂というか、「で、結局なにが言いたいの?」的な文章になってしまった。
結局何が言いたいかというと、以下の二点です。

1. 受験雑誌「蛍雪時代」の、今発売されている号に載りました。帰国してからまだ大学に1回しか行ってないのに、ちょうどその日に生協で蛍雪時代の人につかまった。「東大ってこんなとこ」というお題でホワイトボード持って笑ってます。

2. 引っ越し先は古ぼけた木造アパートですが、昭和のレトロな風情があって日当たりもよく明るくてわりとゆったりしていて実はすごく気に入ってます。人がたくさん泊まりに来てもちゃんと寝れるようにセミダブルのベッドを買ったので、みなさんどうぞいらしてください。

Saturday, January 24, 2009

インド土産

に、風邪をもらってしまいました。
寒い北インド、バラナシのホテルでホットシャワーが出なかったせいよ。寒さのあまり心臓麻痺を起こさないか本気で心配だった。
熱とかはないんだけれど、声が出ません。喉にこれだけのダメージを受けたのは23年間の人生で初めてな気がする。。。
でも大好きなバラナシだからこれもよい思い出の引き出しの中にひっそりとしまっておくことにします。

インドの後、タイはバンコクを経てカンボジアのシェムリアップに来ています。
アンコールワットがあるところ。明日見に行きます。これもまた「噂に聞くほどじゃないな」となるか、「やっぱりすごかった」となるか。どうか後者でありますように。

旅も面白いのだけど、帰国日が近づくにつれ日本への郷愁みたいなものが日に日に強くなっている気がします。
帰ることの嬉しさと、奇跡としか思えないような出会いと日本では得難い学びに溢れたこの日々に終止符を打つ寂しさと、両方が拮抗した不思議なこころもち。

Friday, January 16, 2009

河のほとりの町

わたしのバイブル『深い河』の舞台。
5年越しの憧れの町。
世界でいちばん行きたかったところ。

ようやく、ようやく来ることができました、バラナシ。

『深い河』に登場する「ナクサール・バガヴァティ寺」に行きたい!行くね!といろんな人と話していたのだけど、ここに来て誰に聞いても皆知らないと言う。仕方なくネットで調べてみたら、このお寺は遠藤周作の創作だったそうです。なーんだ。
でもそのお寺にあることになっているチャームンダー女神の像は、デリーの国立博物館にあるとのこと。インド最終日、デリーに帰ったときに寄ってみようと思います。

インド。

旅のありとあらゆる側面についての恐ろしい前評判に実はかなり怯えていたのだけど、「トーゴに比べたらそれほどでもないじゃん」というのが率直な感想。
とにかく何もかもがめちゃくちゃなのも、トーゴに慣れた身にとってはそれほど新鮮でも強烈でもない。ほっとする一方、このカオスが純粋に楽しくもあります。
ただ寒いのにはちょっと閉口。アフリカ人並みに寒さに耐性がなくなった体にとってはなおさら。。100均で買って日本から持ってきた「簡易防寒シート」で毎晩命をつないでいます。

ちなみに行った全ての人が絶賛していたタージマハルは、わたしにとってはまあこんなもんか、ってかんじでした。感動を覚えなかった自分がちょっと残念。でも一緒にいったN田さんはとても感動していたみたいです。

こんな短期間の旅行で何がわかるわけでもないけれど、とにかく面白くて楽しい。それに尽きます。
10日間が短いのは来る前からわかっていたことだけど、バラナシには少なくとも2週間はいたい気がする。次回は2ヶ月か3ヶ月ぐらいかけてのんびりインドを旅したいなー。