Friday, January 30, 2009

旅は道連れ

ベトナムはホーチミンシティにやって来ました。
ドイモイの成果か、カンボジアとは比べ物にならない程の発展ぶりに驚いています。ちょっとトーゴからガーナにやって来た時の感覚と似てるかんじ。

カンボジアのシェムリアップで出会った日本人たちと、プノンペン、ホーチミンと一緒に来ています。日本人と一緒に行動するのとかって、考えてみたらこの旅始まって2回目ぐらいな気がする。
言葉にしちゃうとありきたりなんだけど、旅での予測不可能性と、日本では知り合えないような人たちとの出会いの環境に、ただただ感動するばかり。

旅ってすごい。旅ってほんとおもしろい。

がっかりを恐れて行ったアンコール遺跡は、全然すごかった。今まで見た世界遺産の中で、ヨルダンのペトラとここアンコール遺跡が私の中のベスト2に決まりました。壮大な自然の中に人間のちっぽけさを感じて、謙虚な気持ちになれるところがいい。

旅も残すところあと10日余り。現地から日本に送る絵葉書の到着と、自分の帰国とどっちが早いか、競争です。

Saturday, January 24, 2009

インド土産

に、風邪をもらってしまいました。
寒い北インド、バラナシのホテルでホットシャワーが出なかったせいよ。寒さのあまり心臓麻痺を起こさないか本気で心配だった。
熱とかはないんだけれど、声が出ません。喉にこれだけのダメージを受けたのは23年間の人生で初めてな気がする。。。
でも大好きなバラナシだからこれもよい思い出の引き出しの中にひっそりとしまっておくことにします。

インドの後、タイはバンコクを経てカンボジアのシェムリアップに来ています。
アンコールワットがあるところ。明日見に行きます。これもまた「噂に聞くほどじゃないな」となるか、「やっぱりすごかった」となるか。どうか後者でありますように。

旅も面白いのだけど、帰国日が近づくにつれ日本への郷愁みたいなものが日に日に強くなっている気がします。
帰ることの嬉しさと、奇跡としか思えないような出会いと日本では得難い学びに溢れたこの日々に終止符を打つ寂しさと、両方が拮抗した不思議なこころもち。

Friday, January 16, 2009

河のほとりの町

わたしのバイブル『深い河』の舞台。
5年越しの憧れの町。
世界でいちばん行きたかったところ。

ようやく、ようやく来ることができました、バラナシ。

『深い河』に登場する「ナクサール・バガヴァティ寺」に行きたい!行くね!といろんな人と話していたのだけど、ここに来て誰に聞いても皆知らないと言う。仕方なくネットで調べてみたら、このお寺は遠藤周作の創作だったそうです。なーんだ。
でもそのお寺にあることになっているチャームンダー女神の像は、デリーの国立博物館にあるとのこと。インド最終日、デリーに帰ったときに寄ってみようと思います。

インド。

旅のありとあらゆる側面についての恐ろしい前評判に実はかなり怯えていたのだけど、「トーゴに比べたらそれほどでもないじゃん」というのが率直な感想。
とにかく何もかもがめちゃくちゃなのも、トーゴに慣れた身にとってはそれほど新鮮でも強烈でもない。ほっとする一方、このカオスが純粋に楽しくもあります。
ただ寒いのにはちょっと閉口。アフリカ人並みに寒さに耐性がなくなった体にとってはなおさら。。100均で買って日本から持ってきた「簡易防寒シート」で毎晩命をつないでいます。

ちなみに行った全ての人が絶賛していたタージマハルは、わたしにとってはまあこんなもんか、ってかんじでした。感動を覚えなかった自分がちょっと残念。でも一緒にいったN田さんはとても感動していたみたいです。

こんな短期間の旅行で何がわかるわけでもないけれど、とにかく面白くて楽しい。それに尽きます。
10日間が短いのは来る前からわかっていたことだけど、バラナシには少なくとも2週間はいたい気がする。次回は2ヶ月か3ヶ月ぐらいかけてのんびりインドを旅したいなー。

Thursday, January 08, 2009

アフリカ最後の夜

経由地ロンドンの寒さと先進国ぶりにびくびくしているわたし。
最初の目的地インドでの食当たりと腹痛の襲来にびくびくしているわたし。

今から約25時間後に、168日間の長くて短かったわたしのアフリカ滞在が幕を閉じようとしています。

「アフリカ住んでたらもうどこでも生きていけるね」とよく言われるけどそれは本当なのかしら? トーゴの生活に馴染むのに苦労した覚えがないから強くなったという実感もないのがほんとのところなのだけど。お腹壊してないし。わたしがトーゴで得た(と信じたい)強さは次なる舞台インドで試されることになるであろう。

最後の夜なのでアフリカでの生活を振り返ってみようかと思います。全部を書くなんていうのは到底不可能だし時期尚早な気もするので、テーマごとに簡潔に。

「さすがトーゴ」と思ったベスト3
1位 寝ている間に顔の上をゴキブリが這っていった翌朝バックパックの陰にネズミが死んでいた
2位 男も女もどこでも立ちしょん
3位 タクシーの最低乗車人数は助手席に2人、後部座席に4人、時には運転席にも2人

「恐れていたほどじゃないな」と思ったベスト3
1位 飲食物や食器がそれなりに清潔
2位 賄賂を一度も要求されなかった
3位 お土産屋さん以外は白人に対してもあまりぼったくらない

「トーゴでの発見」ベスト3
1位 「個人」なる概念の不在、オリエンタリズムの存在
2位 トーゴ人は概してフランスが嫌い、アメリカが好き
3位 トーゴ人女性は爆乳(過ぎたるは及ばざるが如し)

「トーゴのここが好き」ベスト3
1位 CILSIDAとの出会い(好きというかほんとよかった)
2位 「一度会ったら友達で毎日会ったら兄弟だ♪」的フレンドリネス
3位 食べ物がおいしいしお米をよく食べる

「トーゴのここがイヤ」ベスト3
1位 お互いを貶めようとするメンタリティー
2位 免罪符の論理が罷り通る一部のキリスト教集団
3位 感覚でものを言うし嘘をつくことを悪いと思っていない

他にもいろいろと考えたことや思うところはあるのだけれど、それをトーゴを知らない人にいかにわかってもらえるように説明するかっていうのは、「行った人にしかわからない」というちょっと冷たいかもしれない思いや私のおばかさや勉強不足が相俟って本当に本当に難しいなあと感じているし、今のわたしの感覚はあまりにもこっちの生活が当たり前になってしまっていて「ふつう」の日本人がアフリカに対してどういう印象を持っているかさえちゃんと思い出せない状態で何をどこから説明したらよいかがわからなくて、まだアウトプットできる状態ではないのです。
代わりにと言ってはなんですが、トーゴ最終日にホストファミリーとCILSIDAの仲良しメンバーと一緒に撮った写真を載せますのでどうか今晩はこのへんでご勘弁くださいまし。


ちなみに今日Googleニュースで発見した初めてのサッカー(アデバヨル)以外のトーゴに関するニュース:
OPICが融資に調印、コントゥアグローバルのトーゴ発電

さよならアフリカ。日本がまた一歩近づく。

Tuesday, January 06, 2009

カオス

同じアフリカ、お隣同士のトーゴとガーナでも、様子はだいぶ違う。
今日、道がコンクリートできれいに舗装されてて車がびゅんびゅん直線に走ってて皆が信号守っててゴミが落ちてなくて立ちしょんしてる人もいないアクラの道を歩いていて、なんだか疲れを感じてしまって、もっとだめだめ感と停滞感とぱっとしない感とカオスに溢れてるちっぽけなロメが恋しかった。

「先進国=秩序」⇔「途上国=混沌」という対比で訪れた国々を捉えることが多い。
秩序がある国は何でもわかりやすくて楽ちんで便利できれいで、カオスな国が秘めるごちゃごちゃしたわけのわからなさがない。秩序の国日本から来た身には、概して後者の方がエネルギーがいるけど面白い。

もし世界の国がみんなある程度発展してしまって、秩序に支配されるようになってしまったら、世界はものすごくつまらなくなってしまうんだろうなあー。と漠然と思う。

なんて自分勝手な論理。

と自分を嘲笑ってしまうけれど、こんな旅の面白さみたいなくだらない次元を超えたところで、自分(たち)にとっての都合のよさという強者の論理で、真剣に途上国の発展を望まない人たちって世界にいっぱいいるんだろうなあ。

Monday, January 05, 2009

au revoir

というわけでトーゴを去りたてほやほやのわたしです。

と言ってもこれで最後だ、みたいな実感が全然なくて、ガーナ国境までCILSIDAの仲良かったメンバーとAIESECのわたしのお世話係(AIESEC用語でなんて言うんだっけ?)が見送りに来てくれたり、友達と泣くか泣かないかで賭けをしてはみたけど結局涙なしの笑顔のお別れでした。

そしてここアクラではTさんが再び温かく迎えてくださって、今日はおせち料理とすき焼きをごちそうになってしまった。おいしすぎた。日本食バンザイ。

今日トーゴを去った感覚は、4月12日に日本を発った感覚とちょっと似てた。
とにかく実感がない。
「わたしはもう(しばらく)戻ってこないんだ、これでお別れなんだ」って思っても、それがどういうことなのか一生懸命頭で考えても、心が理解できてない。諸々のお別れの儀式(待ち時間のふわふわした団欒とか写真撮影とかハグとか)が無声映画の早送りを見てるみたいなかんじで過ぎていって、こんなんでいいのかな?とか思ってる間に全てが終わって気づいたらひとりになってた、みたいな。

アメリカ留学の最終日はこんなんじゃなかったんだけどなー。いろんな意味で、あの頃は純で一直線で一生懸命でまっしぐらだった。若かった、とも言えるかもしれない。そういうむきだしの心みたいなものの喪失に気付き始めたのがハタチを過ぎた頃。こうやって大人になっていくのかー、とちょっと寂しく悲しかった記憶がある。

だからいろいろとトーゴでの半年弱を終えた感慨とかを書こうにも、まだよく自分の中で「終わり」を認識できてないというのが正直なところです。

今言えるのは、「本当に来てよかった」ということと、「思い残すことや悔いはない」ということだけ。来てよかったと思えるのは、それだけわたしの中で変化があったということ、なのかな。

実感がないのは、トーゴの時間の流れ方のせいもある、かも、しれない。
クリスマスもお正月も、just another ordinary dayみたいに過ぎて行ったように。それは、わたしの見るところ季節の変化のなさが一因。「日本は季節の変化が豊かだ」とよく言うけれど、トーゴに来て初めて「So what?」というところまで実感を持って考えられた気がします。

でも、そうやって変化に鈍感になってぼんやりしてるうちにどんどん忘れていっちゃうのかな、と思うと今のうちに何かしら書き残しておかなくちゃ、とも思うので、アクラのTさん家で優雅な日本さながらの暮らしをさせていただく間に、ちょっとずつ書いていけたらいいなと思います。

なんだかいつにも増してまとまりのない文章になってしまいました。でも結構このまとまりのなさ、つかみどころのなさみたいなものこそが、今のわたしの心境を反映してる気がします。

あ、そういえば明けましておめでとうございます。カレンダーを見る時ぐらいしか、今が年始だなんて思いださないんだけど、ね。