Tuesday, July 15, 2008

カイロあれこれ

日曜日のフライトで、ここカイロにやってきました。

ヨルダンやシリアで会ったエジプト経験者の言葉は一様に、
 ①エジプト人最悪(嫌な人ばっかり、たまに嫌じゃない人もいる、いい人はいない)
 ②エジプト暑すぎ
と要約されるかなりひどい話ばっかりで、ヨルダン・シリアの居心地のよさに3週間ぬくぬくとしていたわたしはかなりびくびくして入国したのでした。

で、ここ2日間の印象。

①に関しては、確かにヨルダン・シリアより観光客をカモにしようとしてる人たちが多い気がする。何回も「この人、わたしをだまそうとしてるな」っていう人に会ったし。ヨルダン・シリアのような気の許し方はできなさそうな気はします。でも、聞けば親切に道を教えてくれる人もいるし、教えてくれてもチップとか要求されないし、話に聞いていたほどひどくもないかな、ってかんじです。今のところ。
でも別にこれって、すごくありきたりな言い方をすれば、いい/悪いとかの問題ではなく、文化の違いなんだろうけどね。なんていうか、人間行動の論理の違いというか。エジプト人は自分たちが悪いと思ってそういうことをしてるんじゃないだろうし。それが自分にとって居心地が悪いからといって、彼らの社会の中にいるのに彼らを責めるのはちょっと違う気がするよね、そういう旅行者結構いるけど。

②に関しては、まさにそのとおり。。。中東の暑さなんてもう慣れてるさ!とちょっとたかをくくっていた部分があったのですが、なんか暑さの種類が違う。蒸し暑いのかな、たぶん。わたしが最も嫌いとする日本の暑さともちょっと似ている気がします。蒸し暑さの何が嫌いって、存在してるだけでだるくて疲れること。。。これにはちょっと参っちゃいます。暑くても乾燥してれば日陰は涼しいからいいんだけど。
でもこんなんで参ってたらトーゴでやっていけないのかもなあー。トーゴはあまりにも未知なのでなんとも言えませんが。

***

さて、ここエジプトでの第一ミッションは、ガーナビザを取得すること。
昨日カイロにあるガーナ大使館に行って、申請用紙をもらい必要書類を聞いて帰ってきました。
一応メモ。エジプトでガーナビザを取るという私と同じ境遇にいる人なんてあんまりいないと思いますが、もしそんな人がいたら参考までに。

■在カイロ・ガーナ大使館
住所:1, 26th July St. Lebanon Square, Mohandessin - Cairo (←昔はDokki地区にあったが移転した。ネットにはこの2つの住所が出てて混乱するけどこっちが正しい)
電話:(00202) 3260125 / 3035498
営業時間:9-12時、ビザは火曜日と木曜日のみ
※ウェブサイトはない。

■必要書類
・申請用紙4枚
・写真4枚
・フライト予約
・ホテル予約(トランジットの場合は不要)

■料金
・トランジット:$20
・観光(シングル、1ヶ月間有効):$50
・観光(マルチ、6ヶ月間有効):$100
※支払いはUSドルかエジプシャンポンドのキャッシュのみ(ユーロはだめ)

■必要日数
火曜日に申請→木曜日に発給

というわけで今日また申請しに行きます。ただ、今ガーナでのreference addressを入手すべく、トーゴのAIESEC担当者のIsmaelからの連絡待ちなんだけど(昨日初めて彼と電話で話しました♪ >アフリカプロジェクトのみなさん)。これさえ時間内にゲットできればたぶん問題なくビザ取れそう。

これが片付いたら他に心配することもなく暢気に暮らせるはず。あ、違った、イギリスで蚊帳を買わなきゃいけないんだった。

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ところで昨日はエジプト考古学博物館に行ってきたのですが、空調がなくて死ぬほどけだるい空気だったことは別にして、さすが本場というかんじでとりあえず展示品の数がものすごかったです。
ミイラは今までもトリノのエジプト博物館とか(ルーブルにもあったっけ?)で見たことあったのですが、改めて、この人5000年前とかに生きてたんだよね、本物なんだよね、、と思うとただただ驚嘆せざるを得ません。ガラス一枚隔てただけで、時間を超えた交流をしているというか、、、なんとも言えない興奮を覚えてしまいますね。

Saturday, July 12, 2008

ぺトラとベドウィン

ああーものすごく濃い体験をしました。

前回の投稿@シリアの後、ヨルダンに戻ってぺトラに行ってきました。
当初の予定はぺトラとワディ・ラムで3日ぐらい過ごし、その後イェルサレムに行く予定だったのですが、結局イスラエル行きを犠牲にしてぺトラに1週間強滞在し、さっきアンマンに戻ってきました。

その間、ずっとぺトラで仲良くなったベドウィンの人の家に泊めてもらってました。
その昔ベドウィンたちはぺトラの中に住んでたそうなのですが、政府の方針によりぺトラからロバで20-30分ぐらいのところに村が建設されて、今はそこに定住している人がほとんど(いまだにぺトラの洞窟の中に住んでるベドウィンもいるにはいるみたいだけど)。
で、今回その村にある彼の家にずっと滞在していたわけです。

最初は「またしつこく誘ってくるよー」みたいな感じでかなり警戒&めんどくさいと思っていたのですが、たまたま会った他の観光客にも勧められたので行ってみることに。それでもその時は一晩だけのつもりだったんだけど、気づいたらこんなに長居をしてしまいました。
でも実はこれあんまり珍しいことでもないらしく、何度も戻ってくる人や、ここのベドウィンと結婚する女性観光客も結構いるらしい。

結論としては、アラブ社会の内部を垣間見た感じがして複雑な思いもあり、楽しいことも難しいと思ったこともいろいろあって、とにかくすごく大きなインパクトを私の心の中に残した1週間でした。

夢から醒めた直後のような気分のいま、思うこと。

なんでここの人たちは赤の他人にこんなにも親切にできるんだろう、、とはシリア・ヨルダンを旅していていつも思うことなんだけど、ここのベドウィンの人たちは特にそれが顕著だった気がする。
家に泊めてくれて、ご飯をごちそうしてくれて、いろいろ近くの見所に連れて行ってくれて、それでもお金は一切いらないという。彼らがなんで、どういう思いでそういうことをしてくれているのかが本当に謎で仕方ありません。
実際9割がた下心っていうのが正解なんじゃないかと思うような節もあるけど、それだけであんなにできるかって改めて考えたらそうじゃない気がする。

でもやっぱりそれは自分が「アウトサイダー」×「女」であるからというのは明白で。
実際に村には女性観光客は何人もいたけど男性観光客はひとりもいない。

それに、わたしを泊めてくれていたベドウィンはよく「Woman the first」(←Lady firstの間違いだよと何度も指摘したのに直らず・・)と言ってくれていたのだけど、あるとき「君は観光客だからね、ベドウィンの間ではman the firstだよ」と冗談のように言っていた。
それから、彼らの「ガールフレンド」(もちろんみんな観光客)の話をしていたときに、「スペイン人の女は男をコントロールしようとするからごめんだね。だから俺は言ってやったのさ、『俺はスペイン人じゃない、ベドウィンだ』ってね」的な発言(←海外小説の翻訳口調なのはご勘弁)。
あと村での結婚式も覗かせてもらったのだけど、男女の居場所はきっちり分かれていて、もちろん女性席は奥の方に隠れていて狭い。
他にも彼らの些細な言動から、ここは男性が動かしてる世界なんだなってことがよく伝わってくる(だからこそ外部者は女性なら入れるけど男性は入れないのかも)。

・・・と、こういうことはイスラム社会では当たり前のことなんだろうけど、ここアラブ世界での居心地のよさにぼーっとなっていた私にとって、そういう「当たり前」を教科書の文章とかじゃなく目の前で見ることは、ぴしゃりと水をかけられたような経験でもありました。

中東大好きとは言っているけど、そして今もその思いは変わっていなけど、ここで「インサイダー」として生きる、という決断は(少なくとも今は)できないな、と強く強く思った。そういう意味でここの人と結婚するという観光客の決断力というか勇気というかはほんとすごいと思う一方で、理解しがたい。

でも逆に言えば、「アウトサイダー」×「女」ゆえの居心地のよさなんだ、ってことを納得してしまえば、それはそれはとても楽しくて。だから長居する観光客の気持ちはよくわかる。

ピックアップトラックの荷台に乗って砂漠に行って、キャンプファイヤーでご飯を作って、満天の星空の下で眠って、朝は川で水浴びをして。野宿とか、枯れ枝で焚き火とか、そういうことが彼らにとっては当たりまえ。
こういうのを「豊か」って言うのかもしれないなあ、とありきたりだけど思ったり。

「Enjoy this moment, enjoy the life」と彼らが口癖のように言う言葉が印象的でした。

でもこれは逆説的だけど、わたしにとってはこれが期間限定だからこそ楽しめたのかな、とも思う。こうやって日々が過ぎていく人生にわたしは本当に満足できるだろうかと言ったらもしかしたらそうかもしれないしそうじゃないかもしれない。

でもやっぱり、ぺトラを知り尽くし砂漠を知り尽くした「野性的」な彼らの姿は、city girlであるわたしにとっては新鮮でかっこよく映ったのは確かです。
(もちろん逆に彼らが知らなくてわたしが知っていることももちろんあって。たとえば性病の話をしたら相当おびえていた。)

この1週間、「異文化」というものを本当にいろんな側面から見られた気がします。今までは面白さばっかりに惹かれていたけど、それに目が眩んでしまうのは時にはものすごく危険なことなんだということもよくわかった(ここには書けない経験も含めて)。

あ、そうそう、ぺトラ自体もね、本当にすごかったです。あれは高い入場料(3000円ぐらい!)払って行く価値あります!!! ベドウィンたちとの交流を抜いても、ぺトラが今までの旅のベストになったことは間違いありません。みなさんも機会があったらぜひどころじゃなく、機会を作って行って下さい。

Tuesday, July 01, 2008

暇を持て余す

っていうのはほんとにこういうことですねー。
今日の夜行でシリアを出てアンマンに戻るつもりなのですが、今とにかく暇で暇で仕方ありません。
ネットカフェで余った時間とシリアンポンドを使い果たすという廃人的目論見。

だってー、ハマはもう全部見尽くしたし、ちょっと遠出できるほどはお金ないし、ホテルにある本全部読んじゃったし、持ってたフラ語の本もおとといぐらいに終わっちゃったし、チェックアウトしちゃったから寝るベッドもないし、とにかく暇なんだもーん。外でぼーっとするのには暑すぎるし。。

しかもなぜかここのネットカフェ、ブログ本体が見られないんだよね。編集画面は大丈夫なんだけど。だからたまりにたまったコメントを返すこともできず、、、。

ちなみに「ヨルダン」っていう記事に礼奈の前にコメントくれたのはどなたですか? わたしが知ってるヨルダン経験者は2人しかいなくて、たぶんHさんかなーと思ってるんですが果たしてそうでしょうか?


ところでホテルにあった『路上の夢 新宿ホームレス物語』っていう本を読んだんですが、なんかすごく新宿が懐かしくなってしまいました。やっぱり日本のかけらを感じると日本が恋しくなります。

でも、日本に帰りたいと本気で思ったことは、まだ、ない。

そんな思いが一瞬だけ頭の中をかすめたのは今までで2回だけあります。盗難にあった時と、病気になった時。でもその時もすぐ「ここで負けてどうするんだ! なんのために一人旅に出てきたの?」って思い直したけど。そう思うとそれまでの500倍ぐらい勇気と元気が湧いてきます。

自分でもすごく不思議なのだけど、去年3週間のイスラエル滞在の後に10日間だけトルコを一人でまわってた時は帰りたくて帰りたくて仕方なかった。トルコにいる間中、すごく孤独で寂しかった。
今回はその何倍もの時間をずっと一人で過ごしているのに、孤独に押しつぶされそうになるとかそういったことはまったくない。
理由をずっと考え続けているんだけど、自分でもよくわかりません。

でも、ひとつには今回の方がいろんなひととの出会いを大切にしてるっていうのがあるかもしれない。
現地の人々、宿の部屋で一緒になった人々、、いろんな人といろんな会話を交わします。だから、ひとりだけど、ひとりじゃない。
友達がいないなら、友達を作ればいい。それは今回ひとつ学んだことでもある気がします。

とはいえ、なんで去年あんなにホームシックになったのかの理由にはこれだけでは不十分そうだけど。それは今後も考えていくということで。



最近ずっと思ってるのは、自分で何とかしようと思えばどんなことだって何とかなるんだ、ってこと。
あらゆる意味で「枠」を超える、というか。世の中って、普段なんとなく見えているほどいろんなことが「決まって」いるわけじゃないんだなー。って。むしろもっともっと混沌としていて、隙間だらけで、いろんなものが交錯していて、「このボタンを押せばこれが出てきます」みたいな、そんな世界じゃないな、って。もちろんそのボタンを押しても目的のものは出てくるかもしれないけど、そのボタンを見つけられないことは目的のものを手に入れられないことと同義ではない。

って書くとなんか不正ルートで何かをするみたいに聞こえるかもしれないけど全然そういう意味ではなくて。
決まりごと(法律だったりルールだったり秩序だったり、文化や暗黙の了解的なものだったり常識だったり「普通」だったり)なんて、結局は人間が作り出したもの。そして人間が作り出したもので絶対なものなんてない。

そして世界はそんな決まりごとで区切られて整理されているように見えるけど全然そんなことなくて。もっと世界はつながっていて、自分で思うように、好きなように、どうにでも、そのつながりをたどって新しいなにかを作り出していくことができる。


相変わらず漠然としてわかりにくい文章でごめんなさい。
では外がちょっとは涼しくなっていることを期待しつつネットカフェを出ることにします。